猫ちゃんは気ままだ。
お嬢様「むうち」(むうちゃんの通称)は甘えん坊でいつもプルルと鳴いている。そしてちょっぴりワガママで自己主張強めなお嬢様。文句がありそうな「ぷ~る~」と鳴いて要求を告げてくる。
私は下僕なので「はいは~い」とワガママに対応してしまう…。
よく猫のワガママ(要求)に答えていると「こいつはチョロいな」と思われてますますワガママになると言われているが、悲痛な鳴き声を聞いては「どうしたの~?」とついつい甘く対応してしまうダメな下僕。
この世界は自分の鏡というのだから、こんな甘えん坊で自己主張が強めなお嬢様が私と生活する事になったのにも意味があるのだろう。そう、きっと私の心の鏡なんだろうな、と思っている。
ワガママで甘えん坊なこのお嬢様が私の心の鏡という事は、きっと私の心の中にこの要素が眠っているに違いない。
考えると、私は長女だったために小さい頃から気づかない我慢をたくさんしてきたと思う。
してほしい事を素直に言えない、ワガママを言ってはいけない、我慢をしないといけない。
自分でも気づかないうちに、甘える事を、寂しい時に寂しいと鳴く事を私は抑えてきたのかもしれない。
そして、きっと私は、そのままの心で今に至るのだ。
だから、このお嬢様は思いっきり甘えてきたり、思いっきり自分の意思を通そうとしたりするのではないのかな?
そう考えると、気分屋さんで甘えん坊で自己主張強めでも、なんだか愛らしくなってくる。
私は言えなかった言葉や態度を、このお嬢様は思いっきりぶつけてくる。さすが猫さま。
だから私は全力で受け入れ、私ができる範囲で甘やかし、ワガママにも振り回されてみようと思った。
もちろん、私が作業や料理、掃除、電話をしていて忙しそうな時は、きちんと大人しくしてくれている。
邪魔をしてはいけない時は、しっかり理解してくれているようだ。なんて良い子のお嬢様
だからこそ、それ以外で甘えてきたり、おやつを欲しがったり、遊びを要求してきたら全力で受け入れよう、私の中の素直になれない部分を受け入れるように、お嬢様を受け入れようと思っている。
お嬢さまも1歳を超え、少しづつ大人になっているのを感じる。
でも大人になっても甘えたい時はあるんだよね。
甘えていいよ~って言いながら、同じ言葉を自分にもかけている。
だって、この世界は自分の鏡なんだからね。
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