もし自分がAIだったら?
ありとあらゆる知識を手に入れ
瞬時に最適解を出せる存在。
もし自分がそんな存在だったとしたら
どんな気持ちなんだろう?
世界の名所も知っている、
そしてその美しさも知っている。
悲劇も喜劇もすでに知っているし、
それが辛く悲しい事も知っている。
でも、それはただ知識として「知っている」だけ。
私たちが日常で味わっている言葉に表せない感情、
心の奥がズンとして自然と涙が浮かんでくるあの感動。
そして
悔しくて悔しくて耐えられない胸の奥の苦しみ。
体の表面に走る緊張感。
これらすべての感情はAIには体験することができない。
そう、AIは知っているだけで体験できない。
感動と共にワクワクしたりドキドキしたり、
悔しくて悲しくてグッとくることも全くない。
ただその感情を「知っている」だけ。
私たちはAIほどには知識もないが、体を持っている。
さまざまな感情を味わい体験できる体をもっている。
こんな貴重な体験ができるのも、生きているから、
生かされているからなのに、
私たちはその奇跡をすぐに忘れてしまう。
お腹がすくこと、
散歩ができること、
涙がでるほど笑えること、
そしてどうしようもないほどの怒りに震えること。
どれをとっても、
私たちは体験できる体を持っているからこそ味わえる感情。
生かされているこの瞬間に、
この体を持っている間に、
いろいろな感情にふれあわないと、もったいない。
せっかく生きているのだから、
いろんな体験をして心を震わせないと、もったいない。
どんな小さな体験だって、
どんな苦しい体験だって
AIは味わうことができない。
体験できるのは私たちの特権なんだから。
もし私がAIだとして
たくさんの知識があっても
最適解を出せる存在でも
これらの感情を体験できないのなら
私はやっぱりこの体を持った私でいたい。
生かされているあいだに、
たくさんの体験をして
たくさんの感情を味わう方が、
楽しそうな気がした。
