私たちは、この世界をどのように捉えているのか。
前回までに量子力学的、哲学者たちの見解を覗いてみました。


今回は”認識”というフィルターが、どのような作用をするのか?という点にスポットを当てていきます。
事実には必ず2つ以上の側面がある
目の前のコップの中に水が半分入っているとします。この状況で「まだ半分ある」と捉えるか「半分しかない」と捉えるのか。この問いは、みなさんもご存じかと思います。同じ事実でもポジティブに捉えるかネガティブに捉えるか、この違いで現実の状況というものは幸にも不幸にもなり得る可能性があります。
例えば一般的に不運な出来事(失業や離婚)があったとします。Aさんは「なんで自分ばかり。自分はついてない。○○さんが悪いのに」と自分の境遇を嘆き悲しみ、そして恨みます。Bさんは「これは残念な事だった。でも、もしかすると新しいスタートを切るための出来事だったのかもしれない。このような流れを自分にもたらしてくれたんだ」とこの不運と言われる状況を前向きにとらえ、新たなスタートができるとワクワクします。
すべての出来事(状況)そのものに意味はありません。良いも悪いもないのです。ただその出来事(状況)があるだけです。Aさんのように悲しみや怒りを感じるのも自然な反応です。そこからどう意味づけを変えていくかがカギとなるのです。出来事(状況)をプラスにとらえるもマイナスにとらえるのもすべて自分次第。あなたが出来事に「認識」というフィルターを通して意味を与え、それを現実として受け止め感じるのです。

論理療法・認知療法
出来事(中立)に認識が意味を与えるという考えは、仏教やストア哲学にも通じるものですが、心理学では論理療法(1950年代:アルバート・エリス)や認知療法(1960年代初め:アーロン・ベック)が有名です。
論理療法を提唱したアルバート・エリスは「私たちの感情は出来事ではなく深い信念によって生まれる(ABCモデル)」とし、非合理的な信念(イラショナルビリーフ)が感情や行動に影響を与えると考えました。
ABCモデルを簡単に説明します。Aは出来事、Bは思考(認識)、Cは結果として生じた感情です。Cの結果として味わう感情はA(出来事)から生じているのではなくBという思考(認識)から生じている、という考え方です。
このB(思考・認識)にはイラショナルビリーフと言われる独断的で論理的ではない考え方が存在します。この無意識的に発生するイラショナルビリーフが出来事に論理的ではない解釈を与え、現実を自分にとって難しい困難なものとして捉えがちになると考えました。

一方、アーロン・ベックは日常の思考にも偏りがあることを見出し、”認知の歪み”という概念を提唱しました。これは”思考の癖”が人生に苦痛をもたらす一因であるという視点であり、ベックはこの歪みを正すことを目的とする認知療法を開発しました。
こうした”認知の歪み”に気づき、意識的にフィルターを外していくことは、心理学の世界でも重要なテーマとされています。 たとえば、論理療法は“信念”に焦点を当て、非合理な思い込みを問い直します。 一方、認知療法は“思考の癖”に注目し、日常の中で生まれる歪みを修正していくアプローチです。
認知の歪み(具体例)
では、アーロン・ベックが見出した”認知の歪み”には、どういったものがあるのでしょうか?
以下に代表的な10種類を示します。
①白黒思考
物事を極端に「良い/悪い」「成功/失敗」と決めつけ判断する。
(例)完璧にできなかったからこれは失敗だ
②一般化しすぎ
一つ良くないことがあると「いつも上手くいかない」と決めつける。
(例)いつも失敗するから、きっと次も失敗する
③心のフィルター
一つのネガティブな事だけに注目し、ポジティブな事を無視する。
(例)朝に褒められたけれどもミスした事しか覚えていない
④マイナス思考
良い事を無視してなんでも悪い出来事にすり替えてしまう
(例)褒められたけれど、どうせお世辞だろう
⑤結論の飛躍
特に確かな理由もないのに深読みや先読みをして悲観的・否定的な結論を出してしまう。
(例)挨拶をされなかったのは嫌われているからに違いない
⑥拡大解釈・過少評価
自分の短所や失敗を大げさに捉え、長所や成功を過小評価してしまう。
(例)小さなミスをしただけで、もう信頼を失ったと感じる
⑦感情的決めつけ
客観的な事実より否定的な感情を根拠に物事を決めつけてしまう。
(例)今日はツイてないから悪い事が起きるだろう
⑧すべき思考
~すべき、~するべきではないと決めつける考え方。
(例)上司はこうあるべきだ
⑨極端なレッテル張り
失敗した時に自分に対して極端にネガティブなレッテルを張ってしまう。
(例)私はダメな人間だ
⑩個人化思考
自分に関係のない事も自分のせいだと思う。
(例)あの人の起源が悪いのはきっと私のせいだ
いかがですか?こうした思考は誰にでも起こり得るものです。きっといくつかは心当たりがあるのではないでしょうか。
まずは自分でも気づかないうちに、このような歪みのフィルターを通して出来事を見ていたことに気づく事が大切です。これらの「認知の歪み」を心のどこかに留めておくことで、なにか出来事に遭遇した時に抱く感情が”歪んだフィルター”を通して生まれていないかどうか、確認することができます。もしそのフィルタ―を通していたことに気づいたなら、思考を一度立ち止まって眺めてみましょう。『これは事実?それとも解釈?』と問いかけるだけでも、フィルターが少しずつ外れていきます。そのように意識的にそのフィルターを外していくことで、物事に対する認識が静かに、でも確かに変わっていくのです。

最後に
私たちが現実(出来事)をとらえるにあたり「無意識的に歪んだ”認識のフィルター”を通している可能性がある」という事に気がついたかと思います。
前述した言葉を繰り返します。
すべての出来事(状況)そのものには意味はなく、良いも悪いもありません。ただその出来事(状況)があるだけです。これをプラスに捉えるもマイナスに捉えるのも、すべて自分次第。あなたが自身が、出来事に「認識」というフィルターを通して意味を与え、それを現実として受け止め感じるのです。
私たちの認識のフィルターが、この現実を良くも悪くも変化させている一つの要因なのかもしれません。
それは、私たちの認識が、出来事の意味づけや感情の受け止め方を変えることで、体験としての“現実”が変化することを意味しているのです。
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